交通事故で脳挫傷による嗅覚障害に苦しむ20代女性の施術報告

去年の11月に初めて施術に来られた患者さんです。交通事故後の複数の後遺症に悩む20代の女性についてです。

交通事故で脳挫傷

2013年の秋に自転車を運転していたKさん(20代・女性)は後ろから来た車に追突され、頭を強く打ち意識不明のまま救急搬送されたそうです。

搬送先の病院で検査した結果、頭蓋骨骨折と脳挫傷と診断されました。

そのまま入院となり、入院中は骨折した影響で頭が痛かったそうです。この時は、まだ外傷性の痛みのみだったようです。入院中は安静のままで、退院までに1ヶ月かかったそうです。

様々な症状

事故後の症状としては、高次脳機能障害の記憶障害と嗅覚障害と腕の痺れ(右上肢全体と左前腕から手掌の尺側)と右の耳鳴りとたまに頭痛です。

高次脳機能障害の記憶障害は、私が接してて記憶障害があるようには感じられません。ただ、文字や言葉からの情報を一定期間記憶させておく事が難しいみたいです。

嗅覚障害については、全く匂いがしない状態です。香水や食べ物の匂いも何もしない状況です。大学病院の見解では「MRIの画像を確認する限り神経が切断されているから(嗅糸断裂)、もう臭うことはないので回復は望めない」とのことで、嗅覚障害に関するリハビリは病院では無いそうです。嗅覚脱失という診断となっています。

腕の痺れは一定ではなく酷くなったりマシになったりを繰り返し、右の耳鳴りは事故直後からずっと同じ症状が続き、夜寝る時に特に気になるようです。

Kさんは「嗅覚障害を治してほしい。あと他の症状もあるけど、どうにか嗅覚を取り戻したい。」とのことです。

顔や手足に外傷が一切なく、見た目ではどこに異常があるのか分かりません。ごく普通の健康そうな女性です。

 事故や症状を聞いているうちに彼女から笑顔が消え表情が険しくなっていきました。思い出させてしまって申し訳ない気持ちになります。

腰痛や肩こりなどは誰かのせいでもありませんが、交通事故など被害者となりこのような後遺症を抱え毎日生活していると思うと胸が苦しくなります。

8年前に経験した嗅覚障害患者さんの臨床

私にとって嗅覚障害の患者さんは今回で2人目になります。

初めて嗅覚障害の患者さんを施術したのは約8年前です。私の患者さんで歯科医師の先生の診療所に通う患者さんが嗅覚障害で悩んでいるから1度見て欲しいとご紹介をして頂きました。

嗅覚障害と味覚障害

Mさん(30代の女性)はテニス中に転倒し、脳挫傷による嗅覚障害が後遺症としてありました。受傷後3年以上経過していたと記憶しています。MさんもMRIで嗅糸断裂と確認され、脳神経外科医から「失われた嗅覚は消失後4ヶ月以内に戻らなかったらもう二度と戻ることはない」と説明を受けたそうです。

しかしMさんは諦めるより努力しようと心に決め、何でもいいからやってみようと常に思っていたそうです。受傷後すぐは全く匂いがしなかったらしいのですが、匂わなくても匂う努力を日々し続けうっすら匂うことが出始めていた頃に来院されました。

Mさんを問診して分かったことがあります。『匂いがしない=味もあまりしない』という事をです。風邪をひいた鼻がつまると味がしないので分かってはいましたが、それとは全く次元が違う感覚のようです。

食べ物の味がしないということは、生きていく上でかなり辛いことだと思います。

チョコレートを食べると味が全くせず、逆に口の中がゴムがまとわりついた感じがして気持ち悪いと話してくれました。

嗅覚と味覚がしないことは、食べても何も味がしないことだけでなく、食べ物が腐っていても分かりません。

人間の感覚器は危険を回避するためにも使っています。この2つの機能が失われるていることは、場合によっては命を落としかねない場合もあるかもしれません。

施術後に予想外の変化

私の師匠から昔聞いていたことがあり、『器質的障害は変化はあまり期待できない。変化しても施術が長期にわたる。』と。

Mさんは脳挫傷で起こった嗅覚障害なので器質的な障害です。そして師匠の言葉やこれまでの臨床経験上、短期間で器質的疾患に対して劇的な効果は出し難い。

全ての事を考慮し、1回施術して正直にMさんに無理ですと言って諦めようと思っていました。

初めての嗅覚障害の患者さんだったことと、改善する見込みが薄いのに何度も通ってもらうのは申し訳なく、潔く自分のやれる事だけしっかりやって終わろうと思いました。

施術し四肢を左右対称に動くようにして、身体の歪みが揃ったことを確認しました。しかしこれではMさんの症状である嗅覚と味覚の確認が出来ないので、たまたま院内にあったチョコレートを一口食べてもらいました。

すると、Mさんがびっくりした顔でチョコレートの味がすると言ってくれました。

内心もうMさんとお会いすることは最初で最後と数秒前まで思っていたのに、奇跡的な変化にむしろ怖さすら感じたのを今でも覚えています。

その後週に1回程度通って施術を受けてもらい、1年後には鰹節でとったお出汁の味と風味も分かるまでに回復しました。今でもその状況は悪くならず、良い状態をキープしてくれています。

事故が引き起こした被害者の日常生活

今回は8年前のあの臨床体験から、2人目の嗅覚障害です。

開業している研修生が、以前セミナー中に嗅覚障害の症例を話したのを思い出し私の治療院にKさんを紹介してくれました。

たった1人改善したから2人目も改善するなどとは思っていませんでしたが、Kさんの話を聞くともう一度奇跡が起きてほしいと思いました。

事故後、高次脳機能障害の記憶障害の影響でKさんは仕事が出来なくなり、勤めていた会社も辞めざるおえなくなったそうです。アパレル関係のお仕事をされていたようですが、仕事上の何気ない記憶が出来ず、事故後は定職に就くことが出来ないそうです。

そしてMさんと同様、嗅覚障害のためあまり食べ物の味がしない食生活を送っていました。誰でも同じだと思いますが、何を食べても味がしないことは何の楽しみも無く、本当に辛いことだと思います。

事故によって様々な後遺症がKさんの生きる希望を失わせていました。

どの患者さんにも平等に改善して欲しいと思いますが、何の過失もないKさんが苦しく辛い人生を送っていることを聞くと本当にどうにかしてあげたくなります。

初回の施術

高次脳機能障害の記憶障害は、大学病院に通院しリハビリしているので、私は嗅覚障害の改善に集中しようと思いました。Kさんに身体の歪みとバランス療法の説明をし、筋骨格が揃うことで嗅覚障害や他の症状の改善を目指すと伝えました。

耳鳴りに関しては、20年の臨床経験上なかなか改善してくれない症状です。私の技術が未熟なのかもしれませんが、過去に数人だけ若干改善した患者さんはいますが、ほとんどの患者さんは変化させることが出来ませんでした。この事もKさんに正直に話しました。

事故などの患者さんの検査の難しさ

むち打ちなど交通事故の後遺症で施術に来られる患者さんに共通している点があります。皆さん手足の力を抜くことが上手に出来ません。脱力出来ないのです。

常に手足に力が入り、リラックス出来ず呼吸が浅く、結果眠りも浅くなり熟睡出来ません。検査しようとしても患者さんが自分で手足を動かそうとして検査が大変難しいです。

Kさんも両上肢の脱力が出来ず、他動運動で肩関節屈曲をしようとすると自分で上肢を挙上してしまいます。本来の検査は出来ませんが、脱力出来ないという現状も左右の筋の緊張差が原因だと考えます。

重心を確認する下肢の検査では左重心、股関節の開閉の差の検査では右が外旋運動の制限がありました。

検査以外で気になったことは、左右の脊柱起立筋が異常に膨隆し、胸椎など椎間関節の動きも制限されている印象を受けました。

この時点で、手技の選択は上肢より脱力出来る下肢の手技で身体のバランスを揃えていこうと組み立てました。

匂いの検査

バランス療法の検査は通常通り行いますが、今回は嗅覚障害がある患者さんなので、匂いがするかしないかのテストを行いました。

8年前のMさんにも同様のことをしましたが、100円ライターのガスの匂い、当院で使用しているお香の匂いの2種類(その後匂いの種類は増やしています)を施術前後で匂ってもらう検査をしました。

毎回同じ条件にするため、正座で匂ってもらい、再現性の高いライターのガスやお香の匂いを利用しています。

結果は、予想通り2種類とも全く匂いませんでした。

脳神経系のトラブルには副神経の手技をチョイス

脱力出来ない患者さんは検査も難しければ、手技を行うのも大変難しいです。ただKさんに限らず脱力出来ない人ほど症状も重症だったりするので、ここは施術者の技術力が試される時だとも思います。

他の患者さんと同じように本来の四肢の動きになる様に施術しました。

嗅覚障害だからとか、脳神経系のトラブルだから施術方法が変わることはありません。施術の考え方としては全て同じ、「全身の筋骨格を左右対称にし各機能を向上させる」です。

しかし症状が脳神経系のトラブルなので、脳神経支配の筋肉にアプローチする手技を多用しました。副神経支配の僧帽筋上部の手技です。最初のMさんにも効果的だった僧帽筋上部の手技です。

この手技は顎関節症や頭痛やめまいや顔面神経麻痺の患者さんによく使い、比較的高い改善がみられます。

再検査で変化を確認

1回目の施術が終わり、施術後の変化をバランス療法の四肢の検査で確認しました。

施術前は脱力出来なかった上肢もスムーズに可動出来るようになり、身体全体の四肢の動きは改善しました。

脊柱起立筋の異常な膨隆もかなり改善され、椎間関節の動きも改善し呼吸ももっとしやすくなり、全身がリラックスできるのではないかと感じました。

そして匂いの検査です。淡い期待をしつつ、100円ライターのガスの匂いを嗅いでもらうと全く臭わないと言われました。私も少しショックでしたが、Kさんも期待していたのかちょっと落ち込んでいました。

1回で改善するはずもなく、Kさんには申し訳ないけど頑張って通って欲しいとだけ伝え初回を終えました。

ただ帰る後ろ姿がかなり落ち込んでいるように見え、本当にこのまま続けて大丈夫だろうかと不安になりました。

助け舟

改善するかもしれないと聞かされても、信用してくれるまで時間がかかると思います。

特に不安を感じたままでは信用したくても出来ないはずです。このKさんの不安を取り除くにはどうしたら良いか考えました。

Kさんと同じ境遇の人の経験談を聞いてもらい、勇気を出してもらうことが一番だと思い、Mさんに連絡を取りました。Mさんも快く引き受けて頂き、これまでの嗅覚障害の経緯や現状をKさんに直接お話ししてもらうことにしました。

嗅覚障害の人にしか分からない感覚をMさんが喋り始め、それを聞いているKさんの表情がどんどん笑顔になり、2人にしか分からない嗅覚の話で大爆笑の大盛り上がりでした。

2人が自分達の障害について意気投合し、笑いまで起こるなんて全く想像していませんでした。

人は自分一人だけと思うと不安で辛く笑顔も消えるけど、Mさんのように同じ境遇の人の経験談が勇気と希望を与え、絶対に治したいという強い気持ちさせるんだと思います。

施術者の技量など微々たるものと痛切に感じた瞬間でもありました。1回目の施術後、Kさんを笑顔にすることどころか不安な気持ちで帰らせてしまった私と、過去の障害を包み隠さず話しをしKさんに安心と笑顔と勇気を与えてくれてMさん。本当にいい経験でした。

もし今回のMさんの経験談がなければ、Kさんの2回目の施術はなかったかもしれません。

やはり同じ状況になった人にしか分からない気持ちがあるんだと思います。施術者が、いろんな事を語ったところで所詮能書きでしかないと実感しました。

3回目の施術後に待望の匂いが

2回目の施術でも変化はなかったものの、Kさんの表情は明るく以前より物事をポジティブに考えれるようになった印象を受けました。

ただ症状の変化はなかったものの、身体の脱力ができるようになり検査と手技の精度が高まったので、私の中であと数回が勝負だと思いました。

そして3回目の施術を終えいつも通り匂いのテストをすると、ほんの少しガスの匂いがするとKさんが満面の笑みで答えてくれました。私も嬉しかったです。待ちに待った瞬間でした。

これで何とか改善しそうという気持ちになれ、この頃から腕の痺れもほぼ改善し、頭痛もなくなったようです。(耳鳴りは全く改善せず)

嗅覚と味覚の変化

その後以前より匂いの種類が増え、Kさんも楽しい生活を送ってくれています。来院されるたびに、これが匂ったあれが匂ったと笑顔で報告してくれます。

そして匂いが徐々に回復するに連れ、味覚にも変化が生まれてきました。

入院中初めての食事で白いご飯を食べた時に、自分がこれまで食べてきた白いご飯の味と全く違い、そのことがショックでその日から2年以上白いご飯がトラウマになっていたそうです。

その初めての食事まで嗅覚と味覚に異常があると気づいてなかったようで、思いがけない事実を突然知らされたことで白いご飯がトラウマになったようです。

日常生活でも普通の味付けのおかずでは全く味がせず、かなり塩気を強めた食事しか食べれなかったようです。

Kさんが通院して8回目の時に、お刺身を食べたら魚の味がしたと言ってくれました。その後も、これまでお肉を食べたら油の塊を食べていた感じだったのが、最近ではお肉を食べている感じがするそうです。

そしてトラウマになっていた白いご飯も、最近やっと克服し美味しく食べれるようになったそうです。

他の症状もたまに症状が出る時もあるみたいですが、以前よりかなり改善しています。

しかし、耳鳴りは未だ改善に兆しが見えず…

手技の未熟さで改善していないなら、諦めずチャレンジしたいものです。

症状改善でも“嗅覚消失”という現実

今回の嗅覚障害も脳挫傷が原因でした。

病院の見解では、嗅糸断裂による嗅覚消失という診断です。KさんもそしてMさんも病院でもう元には戻らないと言われています。

嗅覚が復元し約7年経ったMさんが、病院でMRIを撮って診てもらっても今も画像上では切れているそうです。Mさんは病院の先生に、「ちゃんと匂いがする」と言ってもそれは気のせいですと言われるそうです。

確かに切れたままなら、改善してないのは事実なので仕方ありませんが、患者さんが匂うという感覚が無視されている事に少し疑問が残ります。

Kさんも1ヶ月前よりも匂いの種類や濃さが改善しているので、今後ももっと改善していくと期待しています。しかし、Mさんと同じように嗅覚消失という診断名が消えることはないのかな?と思うと少し残念です。

やはり患者さんの感覚より画像が優先されるのでしょうか。

今回の考察

嗅覚障害のKさんの施術に対して考察です。

はじめに、私は脳神経や脳挫傷について簡単な解剖の知識しかありません。見識が浅いことを前提で述べたいと思います。もし考え方に誤りや見解の相違があればご指摘して頂ければ大変嬉しく思いますし、今後の臨床に活かさせて頂きます。

KさんのMRIの画像は確認していませんし、たぶん見ても分からないと思います。そして切れていると言われている嗅糸が簡単に繋がるとも思っていません。嗅索や嗅球や篩骨篩板に問題があるかもしれません。

ただ人間には、元に戻そうという力はあると思っています。

完璧ではなくとも、それに近いまたは似せた機能を作るのではないか?と思います。筋骨格が中心軸に働いている時、人は最大限の機能を発揮します。

それは腰痛や肩こり改善する時の脊髄神経へのアプローチと同じように、脳神経も同じだと考えています。

私が以前施術した患者さんに、交通事故後10年間も舌の半分がしびれ、食事の時にうまく舌が動かせないと訴える30代の女性がいました。

脳神経外科や神経内科や口腔外科などあらゆる病院を受診し投薬等をしても改善せず、病院からはもう治らないと言われ諦めてたそうです。この時もたった1回で痺れが取れました。その後再発も全くなかったです。

人の回復する力を最大限にする=筋骨格系を中心軸に働かせ、神経系の入出力の機能差を無くすことで生理的機能を高める

と常に考えています。

新しい匂いのチャンネルを再構築

Mさんが以前興味深い話をしてくれました。

「例えばコーヒーの匂いが消失前と消失後と比べて、匂いが全く同じかどうかと聞かれると分からない。そこまで意識してコーヒーの匂いを記憶していない。なので全ての匂いに対して、新しい匂いのチャンネルを再構築している」と。

この“新しい匂いのチャンネルを再構築している”が解剖生理学的に正解か分かりません。しかし実際その環境に置かれたMさんの感覚を大切にしたいと考えています。

バランス療法で何を目的にしたか?

四肢を左右同じように動くようにすることで、筋の緊張差は無くなり骨格の安定が図られる。

寛骨と肩甲骨は安定し脊柱と頭蓋骨も安定する。頭蓋骨が安定すると頭蓋底の各孔から出る脳神経は良い影響を与え、脳の血流の改善や神経損傷部位周辺の環境の変化で機能向上するのではないか?と考えます。

嗅神経の場合は、頭蓋底の安定により篩骨篩板の環境の変化を期待しました。

薬でしか改善出来ない症状が数多く存在することは承知しています。しかし筋骨格系を良い状態にすることで医学の物差しでは計れない機能回復が起こると思っています。

特に脳神経系の症状は、頭蓋骨の安定で改善するケースを数多く経験しました。脳の外傷によるケースの改善は時間が必要ですが、頭蓋骨を良いポジションに安定させると諦めていた機能の変化が起きると考えます。

今回も、もしかしたら2回目の奇跡だったのかもしれません。

ただ患者さんの症状が良い方向に変化している以上、何らかの変化が嗅神経で起きていると思います。

施術は継続の予定

今後も同じ施術を続けてます。嗅覚障害以外にも耳鳴りの症状もあり、まだまだ乗り越えたい壁があります。そして可能な限り完全回復ができればと思っています。

専門知識がない者が現象を元に想像で書くことではないかもしれませんが、苦しんでいる人のほんの少しでも役に立てればと思っています。

そして、脳挫傷による後遺症や嗅覚障害や脳神経に詳しい方のアドバイスなど頂けたらと願っています。

 

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